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國學院大學
伝統文化リサーチセンター

第1回「國學院の学術資産に見るモノと心」研究フォーラム

2008年11月18日更新


1.開催主旨
 本研究フォーラムは、本年度より本センターの客員教授に就任した2人の研究者を迎え、國學院大學及びその設立母体である皇典講究所の創立前史やその近代における学問の在り方、展開について討議することによって、本学の校史・学術資産研究の問題点を抽出する作業を行うことがその目的。
 
2.日時
平成19(2007)年12月15日(土) 13時~18時
 
3.場所
本学渋谷キャンパス120周年記念1号館1階1101教室
 
4.発題者・コメンテーター・司会(敬称略)
《発題者》
「三条教則衍義書と河野省三博士記念文庫」
 三宅 守常 (本センター客員教授、日本大学医学部准教授)
「内藤耻叟・川田剛と皇典講究所・國學院の国史学」
 秋元 信英 (本センター客員教授、國學院短期大学教授)
《コメンテーター》
遠藤 潤 (本センター助教)
 ―大教宣布運動と皇典講究所前史の視点から
松本 久史 (本センター講師)
 ―河野省三の学問と蔵書蒐集過程の視点から
齊藤 智朗 (本センター助教)
 ―國學院の設立と展開の視点から
藤田 大誠 (本センター助教)
 ―近代の国学史の視点から
《司会》 武田秀章 (本センター教授)
 
5.概要


  本研究フォーラムは、「國學院の学術資産に見るモノと心」研究プロジェクト研究代表者である青木周平教授の挨拶の後、2部構成で行われた。概要は以下の通りである。
 
 
5-1 基調報告とコメントの概要


  第1部では、本学校史・学術資産研究センター河野省三博士記念文庫所蔵本を多数利用した労作『三条教則衍義書資料集』全2巻(錦正社)を刊行した三宅守常客員教授が、「三条教則衍義書と河野省三博士記念文庫」と題して基調報告を行った。
 三宅客員教授は、明治初年に教導職(神官、僧侶、芸能者などを任命)によって行われた大教宣布運動(社会教育)の基本方針で、日本の国柄を示した3原則である「三条教則」(敬神愛国、天理人道、朝旨遵守)を、「近代日本初の国民生活上の道徳基準を明示した一種の倫理的ガイドライン(倫理指針)」と定義。その上で、「三条教則」の衍義書(解説書)においては、神道・仏教・石門心学など各々の立場から、「敬神」における神観念の内容が様々に解釈されており、それらは大きくA群=天神造化説、B群=非天神造化説、C群=その他に分類され、それぞれの見解にはかなりの温度差があることを指摘した。
また、三条教則が「踏絵」だったとする〈仏教側〉による理解に対して、それが果たして妥当であるのか、と疑念を呈し、むしろ当時の仏教界の逼塞状況打開の教学的一助となったのではないか、と述べた。さらに、三条教則と同様に衍義書が数多く作成された明治23年発布の教育勅語にも繋がる問題として捉え、これまで行われてきた神道史・仏教史研究だけではなく、近代教育史、特に社会教育の側面からも研究・分析することが必要であるなどの問題提起がなされた。
 そして、三条教則衍義書の目録は、これまで数度にわたって各専門書・神道辞典などに掲載されてきたが、それらが拠っている資料は、埼玉県・玉敷神社社司で本学教授、同学長も務めた河野省三博士の「明治初年の教化運動」(『國學院大學紀要』1、昭和7年)にあることを指摘。また同博士の文庫には、多くの衍義書が所蔵されているばかりでなく、他機関にはない墨筆本が見られるなど、量・質ともに豊富な資料が所蔵されており、「河野文庫は三条教則衍義書の一大コレクション」という評価を与えた。


 三宅報告を受けて、遠藤潤助教と松本久史講師がコメントした。
 遠藤助教は、「三条教則」(「十一兼題」「十七兼題」を含めて)の科目構成の持っていた性格、三条教則衍義書の対象と役割、すなわち誰が何をするために使う書籍として企画されたのかについて触れ、ついで衍義書の執筆者である教導職の役割について、近代的「宗教」概念の形成に留意しつつ、教会・講社やその延長線上にある教派神道の成立、あるいは神道教導職による国民教化の拠り所であった神道事務局の在り方に触れ、「宗教」とは分離して創立される皇典講究所の前史を考える際の背景を略述した。
 松本講師は、河野文庫になぜ三条教則衍義書が多数所蔵されているのか、つまり河野省三博士がなぜ三条教則衍義書を蒐集していたのかについて、玉敷神社の累代社家という家系や、穂積耕雲という大教宣布に主体的に関わった神道人を外祖父に持つことを重視。また、その古書蒐集が國學院研究科時代(明治39-41年)の頃に始まっているが、地方郷社の神職で当初中学校教師であった河野博士の立場から導かれた、思想史や社会教化という研究の方向性が、近世・近代の教化関係書籍蒐集の発端となったことを指摘した。


 第2部では、昭和40年代に『國學院大學八十五年史』の編纂に携わり、国学史のみならず、史学史や史学思想にも造詣の深い秋元信英客員教授が、「内藤耻叟・川田剛と皇典講究所・國學院の国史学」と題して基調報告を行った。 秋元客員教授は、内藤耻叟・川田剛の履歴や学問内容について、2人の相違点に注目しつつ略述。  まず川田剛は、政治上の背景から官界で優遇され、官撰修史事業にも参画した考証学者であり、宮中では大正天皇に優れた漢詩文の基盤を齎したばかりでなく、國學院においては「漢文」の教師であったと述べた。 一方、内藤耻叟は、政治上の背景には恵まれなかったものの、荻生徂徠の系譜に連なる漢学と江戸幕府制度史という二方面の業績が顕著で、しかも國學院の教学や経営にわたる幹部であった三上参次の師でもあることから、國學院における研究・教育、特に国史学の人的系譜から見れば、川田よりも彼の方が格段に貢献したことを指摘した。  また、國學院が専門学校扱いとなる直前の明治36年においても、国史・法制科に「神祇史」「神道史」「憲法・神社制度」、あるいは『古事記』『日本書紀』の科目が開設されていることから、國學院の国史学には、授業科目の配置に神道の系譜が持続しており、これは帝国大学文科大学とは異なる有力な個性であったことを強調した。  最後に、校史・学術資産研究の問題点として、講義録などの第一次史料の発掘と、厳密な史料批判による、教職員の履歴などの基礎データの蒐集、それに基づくデータベース構築の必要性を提起した。


 秋元報告を受けて、齊藤智朗・藤田大誠の両助教がコメントした。
 齊藤助教は、國學院には国学者のみならず、内藤や川田ら漢学者が集い、同時に西洋の諸学問も教授されていたように「海外百科の学も網羅兼修」されていたが、彼らの中では、「国学」に対して何か共通の認識があったと考えられることを指摘した。また、内藤の弟子である三上参次が会長となり、明治42年に設立された「国史学会」の運営は、「國學院の国史学」継承の上で大きな役割を果たしたと述べた。
 藤田は、国学者の小中村清矩や芳賀矢一の文章を引用しつつ、明治後半期に、近世以来の総合的学問である「国学」が人文諸科学に細分化していく中にあっても、國學院においては創立以来現在に至るまで、一貫して「神道精神」を中核とし、極めて幅の広い総合性(特に国文・国史・国法)を持った、文字通り「国学」としか形容できない学問を実践する研究・教育機関であり続けてきたことを指摘した。


5-2 討議
 討議では、一般参加者やORC事業に従事する若手研究者などから発言があった。
 一般参加者からは、秋元客員教授に向けて講義科目「神祇史」の内容についての質問があり、それに対し秋元客員教授は、講義録などがない限り、当時の講義内容は窺い難いことを述べ、その発掘作業の必要性を再度強調した。
  また、リサーチアシスタントの戸浪裕之は、三宅客員教授に向けて、三条教則衍義書における「敬神」の解釈や、三宅客員教授の示した「敬神」解釈の類型について質問がなされた。三宅客員教授は、衍義書のなかで最も温度差があるのが「敬神愛国」の項目であり、他の項目ではさほど差は見られないこと、また類型については、一応の「見取り図」として見てもらえばよく、さらに細かく類型化できることを示唆した。さらに戸浪は、現在ORC事業で進めている河野省三博士関係の未整理資料の中に、宮西惟助「日本制度通」、黒板勝美「古文書学」、藤岡継平「武家制度史」など、河野省三博士が國學院在学時に聴講したノートが残されていることを、ORC事業の成果の一端として述べた。これに対し、秋元客員教授は、例えば黒板勝美の古文書学に触れ、その聴講ノートから、「黒板古文書学」の形成過程、國學院における黒板勝美の古文書学を知ることができるとコメントした。
 そして、青木周平教授が三宅・秋元両客員教授の報告を踏まえてコメント。本学においてはどうしても神道の方に注目しがちであるが、仏教、他宗教からの観点も重要であり、また、國學院と同様に皇典講究所を母体とする日本大学の校史との連携も視野に入れるべきことを指摘した。また、「国史学」の流れは「国文学」の流れと非常に似ていることを再認識し、本学の国文学は文学史の構築を基礎とする東京大学の国文学とは違うと述べた。さらに、「国文学」が比較的すんなりと引き受けられたその土壌は、やはり本居宣長をはじめとする「国学」の学問・伝統にあり、国文学における「文献学」という観点も含め、「国史学」「国文学」の問題は、双方がタイアップして研究を進めていくべきことを提言した。
 最後に、研究開発推進機構長の阪本是丸教授が総括的なコメントを行った。阪本教授は、本研究フォーラムの議論で印象づけられたこととして、報告者・コメンテーターをはじめ参加者各々が、その研究成果のみならず「自分の思いをも含めて語っていた」ことを好意的に取り上げるとともに、大枠としての「神道」や「国学」に基づく「國學院の学問の広さをしみじみと感じた」と述べて、本研究フォーラムは閉会した。


5-3 成果と課題
 今回の研究フォーラムには、「國學院の学術資産に見るモノと心」研究プロジェクトメンバーのみならず、本学の教職員や学生・大学院生、他大学・研究機関の研究者、本学の姉妹校である日本大学の校史関係者、神職等、50人の参加を得た。
 本研究フォーラムの開催によって、皇典講究所・國學院の「前史」としての「三条教則」をめぐる国民教化運動の動向と、三条教則衍義書を多数所蔵する河野省三博士記念文庫の学術的位置付け、また、皇典講究所・國學院における「国史学」の在り方の一端が明らかになったと思われる。しかしながら、未だ、三条教則衍義書類、講義録等の聴講ノート類の蒐集並びに本格的分析が重要な課題として残されていることも浮き彫りにされた。今後、今回の研究フォーラムにおいて三宅・秋元両客員教授が提起した問題点や課題を重く受け止め、一つ一つ地道に取り組んでいかなければならない。


文責:藤田大誠、戸浪裕之(本センターリサーチアシスタント)



このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課

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