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國學院大學
伝統文化リサーチセンター

土崎神明社祭礼調査

2009年3月12日更新


1. 調査目的
 「神社祭礼に見るモノと心」グループでは、現代の神社祭礼に登場する「モノ」の地域的差異の解明を研究課題のひとつにしており、現在は、とくに山車・屋台・だんじり・鉾・山などと呼ばれる「曳きもの」に注目して研究を行っている。
 本調査では、東北有数の曳きものの祭礼として知られる「土崎港曳山まつり」の現況を把握するとともに、そこで用いられる曳きものと他地域のものとにいかなる差異がみられるかについて考察を行った。
 
2. 実施日時
 平成20(2008)年7月18日~21日(4日間) 3泊4日

3. 調査地
 秋田県秋田市・にかほ市

4. 参加者
 島田 潔 (客員研究員) 
 筒井 裕 (ポスドク研究員)
 新木直安 (リサーチアシスタント)
 鈴木聡子 (リサーチアシスタント)

5. 調査概要
■土崎神明社
 土崎神明社(秋田県秋田市土崎鎮座)は、江戸期に北前船の寄港地として栄えた「土崎湊」の総鎮守として祀られてきた神社で、主祭神を天照皇大神とする(写真1)。毎年7月20・21日に行われる同社の例祭「土崎港曳山まつり」では、20基もの「曳山」が奉納される(写真2)。このため、同社の祭礼は東北有数の規模を誇る曳きものの祭礼として名高く、平成9(1997)年には「土崎神明社の曳山行事」という名称で国重要無形民俗文化財に登録され、今日に至っている。なお、土崎神明社の例祭の儀礼構造は次の通りである。
 
7月19日:御旅所清祓
 土崎神明社の南北(北側が相染町、南側が穀保町)には、ふたつの御旅所が設けられており、これらで清祓が行われる。
7月20日:各町曳山神社参拝・宵祭
 午前中、各町内の曳山が土崎神明社に順次参拝し、曳き手・囃子連などが昇殿祈願を行う(各町曳山神社参拝)。午後6時より、氏子総代参列のもと、本殿で「宵祭」が執行される。
7月21日:御幸祭・御旅所祭
 午前9時より「神輿渡御」・「曳山巡行」が行われ、神輿と曳山は穀保町の御旅所へと向かう。そこでは、「御旅所祭」が斎行される。

写真1 土崎神明社

写真2 曳山の巡行の様子
写真2 曳山の巡行の様子

■祭礼の現況
 かつて、土崎神明社の祭礼に奉納される曳山は約20基のみであった。しかし、ここ2~3年の間、その数は著しく増加し、平成20年現在、35の氏子町内が曳山を所有するようになった。さらに、周辺地域では曳山行事への参加を切望する町内が多数みられる。これらの事実から、同社の氏子間では祭礼に対する関心が非常に高い状態にあると言える。
 その背景には、神社側が社殿の改築を契機に、例祭時に曳物を境内に入れる「宮入り」の要素を取り入れ、氏子が神社に直接参拝するようになったことから、彼らにとって祭礼が「より身近なもの」になったという事情がある。実際、聞き取りに応じて下さった地域の方も、「(この結果)祭礼が一層盛り上がるようになり、周囲の評判も良い」と評価している。
 その一方で、ある氏子町内では、少子高齢化のために曳き手不足に陥っており、今後、いかにして人手を確保するかが課題になっている。また、この祭礼に使用される人形を作製できる職人がほとんどいない。このため、人形職人をどのようにして育成していくかも、地域が抱える重要な問題のひとつになっている。
 日本各地で都市祭礼が衰退しているとされる現在、「土崎港曳山まつり」は他の祭礼と同様に、曳き手不足・文化の継承の困難さといった問題を内包している。しかしながら、氏子間において祭礼への関心が非常に高いことから、今後、彼らが何らかの手法をもって、その規模を拡大化させることが十分に予期される珍しい事例のひとつになっている。
 
■曳山の構造
 曳山は、綱で屋根型の建造物を牽引する四輪の曳きものである。その正面には武者人形・男岩・女岩・滝などのつくりものを、裏側には現代を風刺した「見返し人形」と呼ばれる人形を配す(写真3・写真4)。


写真3 稲荷町の曳山

(写真3: 写真の右手が正面にあたり、戦場などの荒々しい場面が表現される。左手が「見返し」と呼ばれる部分で、現代を風刺する人形が配される。)


写真4 将軍野3区の曳山

(写真4: 「曳山車(ひきやま)に 使ってみたい この油(メタボ)」という現代を風刺した歌が詠まれている。)
 
 写真5・写真6からも確認できるように、それぞれの曳山では、武者人形に合戦や化け物退治など、荒々しい場面を演じさせている。これらの人形は、肢体を大きく動かす・目を見開くなどして、実に生き生きとした動作・表情をみせる。躍動感あふれる人形の動作と表情は、土崎神明社のほかに、青森県のねぶた(ねぷた)・三社大祭(青森県八戸市)・新庄祭り(山形県新庄市)など、北東北の曳きものの祭礼に共通してみられる要素である。写真7・8のように、関東地方の「江戸型山車」でも武将や記紀神話の神々などの人形を飾るが、これらの大部分は直立した姿勢と穏やかな表情をみせ、同じ東日本の祭礼であっても、その様相を大きく異にしている。


写真5 旭町1区の曳山

(写真5: 岩見重太郎が敵討の旅の途中、白狒狒(しろひひ)を退治する様子を表現したもの。)


写真6 幕洗川2区の曳山
写真6 幕洗川2区の曳山

(写真6: 長宗我部元親との和睦の宴の際に、長宗我部氏側の謀略にあった真淵竜助が敵をなぎ倒す様子を表現したもの。)


写真7 川越氷川神社の祭礼に奉納された山車の人形

(写真7: 関東地方にみられる典型的な「江戸型山車」に飾られた人形。江戸型山車の構造上の特徴は、その最上部に人形を据えることである。人形はアメノウヅメノミコトである。)


写真8 八王子祭りに使用された山車人形

(写真8: かつて、東京都の「八王子祭り」の山車に飾られていた織田信長の人形である。現在は、山車にのせられることはなく、会所に飾られるのみである。)
 
 
■にかほ市と秋田市における資料調査
 7月18日に、秋田県にかほ市象潟町郷土資料館で、同館学芸員より日本海沿岸部における北前船文化について説明を受けるとともに、それに関する所蔵資料の閲覧・撮影を行った。これは、北東北に曳きものの祭礼を成立させた要因のひとつとされる北前船の寄港状況・物流ネットワーク、および、これに付随した信仰などについて把握するために行ったものである。さらに、7月19日に秋田市立図書館(土崎図書館)を訪問し、そこで東北地区の神社祭礼に関する資料の閲覧・収集を実施した。以上の文献調査の成果を活用し、今後、北東北における祭礼の成立の背景について考察を進める予定である。
 
6. 調査の成果と課題
 本調査を通して、以下の知見を得るとともに、次の研究課題が残された。
[1] 都市祭礼の衰退が社会的問題のひとつとなっている今日、土崎神明社の祭礼では曳きものの数が著しく増加しており、祭礼が拡大していることが明らかになった。この背景には、祭礼時の境内の活用を視野に入れた境内整備など、神社側の運営努力の影響がみられた。その一方で、少子高齢化による曳き手の不足や人形職人の育成など、地域文化を継承していくうえで抱えている問題も明るみになった。今後、地域が上記の課題をいかにして解決し、祭礼を拡大させていくか、その過程を明らかにする必要があろう。
[2] 日本には、関東地方・東海地方・九州北部などに、人形を用いる曳きものの祭礼が多数存在する。これらの各地の人形には、控え目な表情・動作のもの、からくり式で可動性に富んだものなどの地域的特徴がみられる。今回の現地調査を通して、秋田市土崎地区で行われている「神明社の曳山行事」をはじめとする東北地方の曳きものの祭礼では、非可動式の人形(あるいは、人型のもの)に実に生き生きとした表情・動作をさせ、「臨場感」を演出させる傾向がみられることが明らかになった。人形の使用に関して、なぜ上記のような地域的差異が生じたか、その要因を文化の伝播という観点から分析を試みたいと考えている。
 
(文責: 筒井 裕)



このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課

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