秩父夜祭調査
2011年11月10日更新
■秩父神社(写真3)
【略社誌】
ご鎮座地: 埼玉県秩父市番場町
ご祭神: 八意思金命(やごころおもいかねのみこと)・知々夫彦命(ちちぶひこのみこと)・天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)・秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)
創立: 貞観4(862)年以前にさかのぼるとされる。
変遷: 平安時代末期、宮地町内に妙見大菩薩を祭神とする妙見宮が祀られた。鎌倉時代末期、落雷のために炎上し、再建された社は「妙見宮」、あるいは「妙見宮秩父神社」と呼ばれた。「妙見宮」と称された時代は約5世紀半もの長きにわたったが、明治初期に政府が神仏習合を禁じたために、祭神「妙見大菩薩」は「天御中主命」へと変更された。
■笠鉾2基(中近・下郷)および屋台4基(宮地・上町・中町・本町)
・ 中近笠鉾: 総体黒塗りで、至るところに彫刻を飾った宮殿風な造り。高さは5.45m(笠をつけると14.5m)。
・ 下郷笠鉾: 白木造りの笠鉾は4,300枚もの飾り金具をつけており、仙人と龍の彫刻がほどこされている。秩父地方最大の鉾で、高さ7m(笠をつけると15.5m)で、重さ2t。
・ 宮地屋台: 4基の屋台のうち、最も古い。歌舞伎見学が容易にできるように、歌舞伎舞台の張り出しを36cm下げることのできる工夫がなされている。後幕の意匠は猩々。
・ 上町屋台: 4基の屋台のうち一番大きな屋根をもつ。水引幕(上部、屋根下に一周させた幕)には牡丹に唐獅子の刺繍があり、後幕には鯉の滝上りの刺繍がある(写真4)。
・ 中町屋台: 4基の屋台のうち一番大きな鬼板(屋根の前後の両端を飾る板のことである)をもつ。鬼板の彫刻は天の岩戸開き、素戔鳴命(すさのおのみこと)の大蛇退治などの日本神話を題材にしている。
・ 本町屋台: 登匂欄(のぼりこうらん)のない屋台は、宮地のものと同様に古い形を保持している。後幕は、波に浮かぶ船におもちゃが乗っている絵で、中央のだるまが目立つことから、「ダルマの屋台」とも言われている(写真5)。
秩父夜祭は、武甲山の男神と妙見社の女神が年に一度逢瀬を楽しむという伝説を再現しており、この伝説は、秩父地方の神の山であり、また人々の信仰の対象である武甲山と、養蚕倍盛の神として篤く信仰された妙見とが交わる自然のダイナミズムを表現するものである(写真8)。このような象徴は、産業振興・五穀豊穣を祈る心と、人々の生活と暮らしの中に根付いたものであることを、祭に参加する囃し手、数百人の曳き子たちの活気のうちに観察することができた。
【今後の課題】
今回は、日本三大曳山祭のひとつである「秩父夜祭」に焦点を当てた調査・資料収集を行った。しかし、日本全国に存在する数多の神社においては、実に多様な祭礼が斎行されている。よって、今後も「神社祭礼に見るモノと心」グループでは、日本全国の祭礼に関する資料・映像記録の収集と分析を進め、これらの網羅的な把握に努めていきたい。その際に、日本の祭礼にどのような「モノ」が用いられ、祭礼の中でいかなる役割を果たしているか明らかにするとともに、これらに地域的な特性がみられるかについても考察を行いたい。
文責: 小島 優子
このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課






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