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國學院大學
伝統文化リサーチセンター

秩父夜祭調査

2011年11月10日更新



1. 調査目的
 「秩父夜祭(ちちぶよまつり)」(平成19年12月3日)における現地調査を通して、笠鉾・屋台・神輿・御神馬・大真榊・人形などの「モノ」が祭礼の中でいかなる役割を果たすか把握を試みる。また、「日本三大曳山祭」のひとつに数えられる秩父夜祭の調査から、秩父地方に伝わる伝承との関連性を分析し、人々の「心」のなかで祭礼が継承されてきた様相をさぐる。
※ 秩父夜祭: 「秩父夜祭」は、秩父神社(埼玉県秩父市)の例大祭の夜に行われる大規模な「付けまつり」である。このとき、屋台(4基)・笠鉾(2基)・榊神輿・大幣束・供物・高張提灯・神馬(2頭)などで構成される行列が、秩父神社から御旅所まで巡行する(写真1)。この祭礼に用いられる秩父祭屋台・笠鉾や芸能(神楽)は国指定文化財に登録されており、全国的にも名高い。

写真1 巡行中の屋台


2. 実施日時
 平成19(2007)年12月3日~4日(2日間) 1泊2日
 
3. 調査地
 秩父神社とその氏子区域、秩父まつり会館、秩父市立図書館
 
4. 参加者
 島田 潔 (客員研究員) 
 小島 優子 (ポスドク研究員)
 筒井 裕 (ポスドク研究員)
 
5. 活動の概要
 
【調査の要点】
■秩父夜祭全般
 秩父夜祭は秩父神社例大祭の「付けまつり」で、江戸時代、絹大市のしめくくりを飾る一大行事として発展し、今日のような日本を代表する祭にまで成長した。その呼び名は、単に「夜祭」あるいは「冬まつり」などいくつかあり、人によっては「妙見さま」などと、親しみを込めてよぶ。
■お旅所(秩父公園内)
 お旅所には、妙見菩薩を表している亀の形をした「亀の子石」があり、ここで妙見菩薩(女神)と武甲山に住む龍神(男神)が年に一度、12月3日に逢い引きをすると言われている(写真2)。亀の子石は、姿は亀、顔は人間のような形をしている。本当は亀ではなく、「玄武」と呼ばれる古代中国の想像上の霊獣である。

写真2 御旅所にある亀の子石


■秩父神社(写真3)
【略社誌】
ご鎮座地: 埼玉県秩父市番場町
ご祭神: 八意思金命(やごころおもいかねのみこと)・知々夫彦命(ちちぶひこのみこと)・天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)・秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)
創立: 貞観4(862)年以前にさかのぼるとされる。
変遷: 平安時代末期、宮地町内に妙見大菩薩を祭神とする妙見宮が祀られた。鎌倉時代末期、落雷のために炎上し、再建された社は「妙見宮」、あるいは「妙見宮秩父神社」と呼ばれた。「妙見宮」と称された時代は約5世紀半もの長きにわたったが、明治初期に政府が神仏習合を禁じたために、祭神「妙見大菩薩」は「天御中主命」へと変更された。

写真3 秩父神社


■笠鉾2基(中近・下郷)および屋台4基(宮地・上町・中町・本町)
・ 中近笠鉾: 総体黒塗りで、至るところに彫刻を飾った宮殿風な造り。高さは5.45m(笠をつけると14.5m)。
・ 下郷笠鉾: 白木造りの笠鉾は4,300枚もの飾り金具をつけており、仙人と龍の彫刻がほどこされている。秩父地方最大の鉾で、高さ7m(笠をつけると15.5m)で、重さ2t。
・ 宮地屋台: 4基の屋台のうち、最も古い。歌舞伎見学が容易にできるように、歌舞伎舞台の張り出しを36cm下げることのできる工夫がなされている。後幕の意匠は猩々。
・ 上町屋台: 4基の屋台のうち一番大きな屋根をもつ。水引幕(上部、屋根下に一周させた幕)には牡丹に唐獅子の刺繍があり、後幕には鯉の滝上りの刺繍がある(写真4)。

写真4 鯉の滝上りをモチーフとした山車


・ 中町屋台: 4基の屋台のうち一番大きな鬼板(屋根の前後の両端を飾る板のことである)をもつ。鬼板の彫刻は天の岩戸開き、素戔鳴命(すさのおのみこと)の大蛇退治などの日本神話を題材にしている。
・ 本町屋台: 登匂欄(のぼりこうらん)のない屋台は、宮地のものと同様に古い形を保持している。後幕は、波に浮かぶ船におもちゃが乗っている絵で、中央のだるまが目立つことから、「ダルマの屋台」とも言われている(写真5)。

写真5 「ギリ回し」の手法で方向転換をする「ダルマの山車」


■屋台芝居(歌舞伎)
 4基の屋台の左右に張出舞台をつけ、芸座を組み立てると、歌舞伎舞台に変身する。屋台歌舞伎は、屋台をもつ4つの町会が年番制のもとに上演することになっている(12月3日の午後上演)。
■曳き踊り
 4基の屋台は、曳行の途中・街の辻や他町会所前・秩父神社境内の門前などでとまり、そこで「曳き踊り」と呼ぶ屋台行事を行う。
 
 
 
6. 調査の成果と課題
 
【調査の成果】
 笠鉾の花笠の周囲に垂らす花は、五穀の豊作を表現しており、笠鉾の構造の中に豊かな稔りを祈る人々の「心」を捉えることができる(写真6)。この花は祭りが終わると農家の人は持ち帰り神棚に供え、養蚕用の箸を作る風習があることから、養蚕業振興の祈願が込められていることも伺うことができる。
 大正3年(1914)の電線架設以降、笠鉾の笠は通常は外して曳かれるようになり、時代の中で祭礼は変遷を遂げている(写真7)。しかし、祭りに参加する人々の心は時代を超えても変わることなく、屋台の見附柱には「天下泰平」・「五穀豊穣」・「国家安全」などと墨書された札が掛けられている。このような屋台の構造の調査を通して、わたくしたちは「モノ」のうちに込められた人々の願いを見てとることができた。

写真6 花をつけた傘鉾(「秩父まつり会館」展示物)


写真7 笠鉾からはずされた状態の「花」


 秩父夜祭は、武甲山の男神と妙見社の女神が年に一度逢瀬を楽しむという伝説を再現しており、この伝説は、秩父地方の神の山であり、また人々の信仰の対象である武甲山と、養蚕倍盛の神として篤く信仰された妙見とが交わる自然のダイナミズムを表現するものである(写真8)。このような象徴は、産業振興・五穀豊穣を祈る心と、人々の生活と暮らしの中に根付いたものであることを、祭に参加する囃し手、数百人の曳き子たちの活気のうちに観察することができた。

写真8 武甲山を背景にした御旅所

【今後の課題】
  今回は、日本三大曳山祭のひとつである「秩父夜祭」に焦点を当てた調査・資料収集を行った。しかし、日本全国に存在する数多の神社においては、実に多様な祭礼が斎行されている。よって、今後も「神社祭礼に見るモノと心」グループでは、日本全国の祭礼に関する資料・映像記録の収集と分析を進め、これらの網羅的な把握に努めていきたい。その際に、日本の祭礼にどのような「モノ」が用いられ、祭礼の中でいかなる役割を果たしているか明らかにするとともに、これらに地域的な特性がみられるかについても考察を行いたい。


文責: 小島 優子



このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課

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