三島神社例祭および近隣の牛鬼の祭り調査
2010年7月8日更新
1. 調査目的
「神社祭礼に見るモノと心」グループでは、神社祭礼に登場する山車・屋台・だんじりなどの「曳きもの」にいかなる地域的差異がみられるか、また、現在、これらの祭礼がどのようにして継承されているかの解明を主要な研究課題としている。
愛媛県の牛鬼行事に登場する「牛鬼」は、日本国内において非常に特異な形態をもつ「曳きもの」として知られてきたにも関わらず、研究がほとんどなされていない(写真1)。この点を受け、本グループでは、愛媛県宇和島地方の中でも有数の規模で行われる三島神社の牛鬼行事に注目し、その儀礼構造、牛鬼の構造・作製方法・宗教的役割などの概要の把握を試みた(写真2)。同社の氏子地区は少子高齢化が進んでいる一方で、近隣にある他の神社の氏子と連携関係を結び、行事を積極的に継承している。このことから、本調査では、三島神社の牛鬼行事がいかにして保存されてきたかについても調査を試みた。さらに、少子高齢化・過疎化の進展が著しい宇和島市島嶼部(九島地区)でも牛鬼行事の調査を行い、本土と行事の保存状況を比較した。
写真1 三島神社に宮入りする牛鬼
写真2 三島神社(愛媛県宇和島市長堀)
2. 調査期間
平成21年10月13日~17日
3. 調査地
愛媛県宇和島市
4. 参加者
島田 潔 (客員研究員)
筒井 裕 (ポスドク研究員)
鈴木 聡子 (リサーチアシスタント)
伊東 裕介 (リサーチアシスタント)
大畑 孝子 (作業協力者・学部学生)
5. 概要
(1)牛鬼の調査
・牛鬼の構造と役割
牛鬼は、おおまかに、ザル状の胴体と「カブ」と呼ばれる頭部のふたつの部分からなる(写真3)。胴体は竹・木材で象られ、巡行時にはその縁の部分を肩に担いで練り歩く。胴体の前面には「カブ」を掲げた棒を、そして後部には牛鬼の尻尾にあたる剣状の飾り(剣)と御幣を差し込み、全体を赤色や茶色などの布で覆う。地域では、牛鬼のカブ・尻尾は「厄を払うもの」として認識される。
写真3 牛鬼のカブ(三島神社所蔵)
写真4 解体される牛鬼
・牛鬼の作製方法
ここでは牛鬼の胴体の作製工程を、三島神社の氏子集落のひとつで、牛鬼製作の拠点のひとつになっている保田地区を事例に記す。同地区では最初に、集会所の敷地の地面(泥)に牛鬼の胴体の輪郭を描き、そこに釘を打つ。これを目安にして、ザル状の胴体の縁の部分を木材で組む。次に、牛鬼の縁の部分から縦横に木材・竹をわたし、ザルの形をつくる。この手法で作製された胴体は、雨や虫に弱く、3~4年で作りかえるという。牛鬼の「カブ」は、スチロール製の型(初代の牛鬼のカブが原型である)にパテを塗り、そこに名刺大の新聞紙を張り合わせ、ペンキで着色してつくる(写真5)。カブの作製には10~30日を要する。保田地区では、宇和島地方の他集落の依頼を受け、年間約20体のカブを製作し、これらを譲渡している。このため、周辺地域の祭礼には、保田地区の牛鬼と同じカブをもつ牛鬼が頻繁に登場する。
写真5 牛鬼のカブの型
・牛鬼の役割と変化
三島神社の氏子は、10月14日の本宮の際に、集落の神輿や牛鬼を巡行させる。このとき、各集落の牛鬼は氏子宅や企業・会社・商店などでカブを振り、厄祓いを行う。保田地区の牛鬼が三島神社に宮入りをすると、今度は、同社の神輿渡御が始まる。このとき、保田地区の牛鬼が御旅所まで神輿の先導役を務める。このため、三島神社の氏子は牛鬼を「神様の露払い役」と認識している。牛鬼は祭礼の場に登場するものであったが、昭和50年代後半頃より、宇和島地方ではカブを個人宅や公共施設(トンネルなど)に飾り、これを日常的な厄除の道具のようなものとして、祭礼以外にも頻繁に用いるようになったという。
・牛鬼行事の保存
昭和40年代頃の保田地区では、牛鬼行事が一時衰退していた。このため、同地区の有力者が地域の消防団の青年の協力を得て、約40名からなる「保田牛鬼保存会」を設立し、行事の継承に取り組んだ。このような組織が成立したのは、氏子の牛鬼行事に対する関心の低下、および、三島神社の祭礼日が平日であることが多く、氏子地区で担ぎ手不足の問題が生じていたなどの背景があったことによる。保存会では、約30年前から、同じく牛鬼行事を行っている宇和島市内の他地区(和霊神社の氏子地区・水分・日吉・野村・梼原・津島など)や他の牛鬼行事保存会などから支援者を呼び集め、牛鬼の担ぎ手の確保に努めている。これとは逆に、保田地区の住民が他地区の牛鬼行事の支援に赴くこともあるという。以上記したように、宇和島地区内一帯では、住民間で担ぎ手を補い合うことで相互の神社祭礼の維持してきた。
一方、宇和島市の九島地区(島嶼部)でも牛鬼行事が実施されている。本調査では、三島神社の氏子地区内に鎮座する白王神社・天満神社の九島のふたつの祭礼を調査した(写真6)。両神社の氏子地区は、近年、本土への若者の流出による人口の激減・少子高齢化という深刻な人口問題を抱えており、本来、牛鬼の担ぎ手とされてきた小学校の児童が27人にまで激減している(この人数は他の氏子集落の児童を含めた数である)。このように、島嶼部という地形条件下にあるため、a)本土からの支援者を招聘しにくい、さらに、b)島内の他の神社でもほぼ同一の日程で牛鬼行事が行われているなどの理由により、島内外から人手を集めることが困難なため、九島では保護者が児童と共同で巡行を行い、人手不足を解消している。島の住民間でも、少子高齢化・過疎化がさらに進展した場合の対策を講じるべきだという意見があり、今後、牛鬼行事の担い手の属性に更なる変化が生じることが予想された。
写真6 九島地区の牛鬼
(2)宇和島市における文献調査
「神社祭礼に見るモノと心」グループでは、日本各地の曳きもの(山車・笠鉾・屋台など)にみられる地域的差異の解明を研究課題としている。そこで10月15日に、宇和島市立中央図書館において、四国地方の曳きものを中心とした神社祭礼に関する文献を調査した。今回の調査で収集した資料を分析し、他地域との比較しながら、日本の曳きものの祭礼にいかなる普遍性・地域性がみられるかを解明していきたい。
6.今後の課題
今後、本グループでは、宇和島地方における調査の成果をもとに、日本の神社祭礼にいかなる特色がみられるか、また、文化財としての祭礼を保全するには、どのような方策が効果的であるか分析を進め、その成果を調査報告としてまとめるなどして、神社祭礼に関する情報を社会に発信していく予定である。
(文責: 筒井 裕)
このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課






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