お問い合わせアクセスマップキャンパス案内サイトマップ文字サイズ文字サイズ小中 大
國學院大學
伝統文化リサーチセンター

伊豆半島における祭祀遺跡・遺物調査(第1回)

2010年7月8日更新

1.調査目的
 南伊豆地域において三嶋信仰の中核をなしてきた下田白濱神社(伊古奈比咩命神社)には、古代から中世・近世にかけての神社祭祀にまつわる具体的な考古資料が残されている。また、大場磐雄博士も社誌『伊古奈比咩命神社』の編纂に携わった経緯があった。そこで、本学の学術資産を活用しつつ、改めて現代的な技術と研究視点から同社所蔵資料を整理することで三嶋信仰の形成と展開を再検討することを目的に、関連する祭祀遺物・和鏡等の実地調査を行った。また、周辺遺跡の分布状況を把握すると共に、白濱神社所蔵石棒の記録や、近在の石棒出土遺跡と、石棒石材散布地の調査も併行して実施した。
 
2.出張期間
 平成22(2010)年2月23日(火)~2月27日(土)(4泊5日)
 
3.調査地
 白濱神社・下田市教育委員会・周辺遺跡(静岡県下田市・河津町)
 
4.調査参加者
 内川 隆志 (准教授)
 深澤 太郎 (助教)
 石井 匠 (ポスドク研究員)
 加藤 元康 (ポスドク研究員)
 新原 佑典 (リサーチアシスタント)
 
5.概要
2月23日
 大学より公用車にて伊豆へ向け出発。往路、伊豆の国市神島字小室付近にて、輝石安山岩柱状節理露頭を観察。午後は、下田市教育委員会訪問して調査内容を説明し、改めて協力を依頼する。また、古墳時代の祭祀遺跡である美穂ヶ崎遺跡や、同所々在の修験窟のほか、縄文時代の石棒などが出土したとされる周辺遺跡を踏査。なお、偶然に郷土史研究家の原政一氏宅を訪問する機会を得、同氏所蔵の考古資料を拝見。美穂ヶ崎遺跡出土資料の出土状況などについて聴き取りを行うことができた。
2月24日
 白濱神社に参拝後、同社所蔵考古資料の実測・写真撮影等を開始。先ずは、資料全体の様相を把握し、大場報告『伊古奈比咩命神社』との対応関係を検討。また、同日の調査では、従来知られていなかった儀鏡の存在を確認した。別動隊は、神社周辺遺跡と露頭の踏査へ赴く。
2月25日
 午前中は、白濱神社の原嘉孝宮司よりお話を頂く。また、白濱神社所蔵資料の出土状況などについて聴き取りを行った。別動隊は、宮司家所蔵の石棒を調査した後、周辺遺跡と露頭の踏査を行う。
2月26日
 祭祀遺物の出土が知られる火達山を踏査した後、神社所蔵資料の調査を続行。高台付杯と脚付杯の分類を確定し、資料調査を完了する。別動隊は、河津町まで足を延ばして遺跡・露頭踏査。
2月27日
 下田市立図書館にて地方史関係資料を収集後、石棒出土遺跡などの踏査を行いつつ三島まで北上して一路東京へ。
 
6.所見
 今回の調査では、白濱神社所蔵の石棒・円筒埴輪・土器類・和鏡等の資料化を重点的に行った。その結果、大場報告を再評価するための情報収集はもとより、これまで知られていなかった新たな知見も得られている。とりわけ、和鏡の鏡面に小さな儀鏡が重なっていた痕跡が見出された点は大きい。これは、和鏡を用いた何らかの行為が野外で行われたことを示唆しており、和鏡を積石塚へ捧げた事例の多い伊豆諸島と、共通したマツリの様相を看て取ることができる。
 なお、周辺遺跡の踏査を行っている中で、かつて三穂ヶ崎遺跡において古墳時代の祭祀遺物を採集した原氏より、その出土状況を伺ったところ、遺物と共に炭化物が認められたとの経験談を記録することができた。これは、沿岸部で発見された一部の祭祀遺跡の状況と共通しており、マツリの中で火焚き行為が行われていた事実を示す新例を一つ加えたことになる。
 
文責: 深澤太郎・石井匠



このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課

伝統文化リサーチセンター
概要
構成員紹介
事業紹介

機関ページへ
日本文化研究所
学術資料館(考古学資料館)
学術資料館(神道資料館)
校史・学術資産研究センター
研究開発推進センター
伝統文化リサーチセンター
博物館学教育研究情報センター