研究集会「古代三輪山の祭祀と神祇信仰」 (神道宗教学会・祭祀考古学会との共催)
2009年4月10日更新
1. 開催趣旨
伝統文化リサーチセンターでは、資料館に山ノ神遺跡の復元模型や遺物を展示する計画を進めている。そこで今回は、神道宗教学会と祭祀考古学会が共催して、三輪山をめぐる祭祀遺跡・遺物に関する問題点や最新の研究成果について、考古学、歴史学、神道学などの第一線の研究者をお招きし、多角的に検討する。
2. 日時
平成19(2007)年12月1日(土)13時30分~17時00分 「学術講演会」
平成19(2007)年12月2日(日)10時00分~16時00分 テーマセッション「古代の三輪山」
3. 場所
本学渋谷キャンパス120周年記念2号館3階2303教室
4. 講演者・発表者(敬称略)
〈講師〉
石野博信(徳島文理大学)
藤森 馨(国士舘大学)
〈発表者(発表順)〉
篠原 祐一 (栃木県立しもつけ風土記の丘資料館)
橋本 裕行 (奈良県立橿原考古学研究所)
山田 浩之 (大神神社)
内田 律雄 (島根県立埋蔵文化財センター)
杉山 林継 (國學院大學)
5. 概要
12月1日(土) 「学術講演会」
(1) 「三輪山信仰と大王宮伝承」(石野博信)
三輪山信仰は『日本書紀』などに記述・伝承が多数残っている。箸中山古墳や纏向石塚古墳や奈良県桜井市に所在する宮の調査によって、その内容が明らかになりつつあり、歴代大王の三輪山に対する強い意識が窺えるようになった。さらに、磐座・子持勾玉・滑石製品や土器の使用などにみる地方との祭祀の共通性についても言及された。
(2) 「神祇令祭祀と大神祭祀」(藤森馨)
神祇令祭祀の中で、大神神社と狭井神社の鎮花祭と率川神社の三枝祭は在地委託型の祭祀形態をとり、大神氏が祭祀執行氏族であったと考えられる。すなわち、氏神系の神社祭祀において、国家は直接奉祭することなく、在地の氏族(神主・祝部)を媒介として間接的に奉祭する姿勢をとっており、その具体的な祭儀に国家は容喙できなかった。さらに規格統一されているはずの相嘗祭においてもその祭祀構造は同様であり、当時、国家が在地神社やその奉祭氏族(祭祀執行神職者)を重要視していたことが読み取れると述べられた。
12月2日(日) テーマセッション「古代の大三輪」
(1) 「古代三輪山の祭祀」(篠原祐一)
円圏文子持勾玉の形態と分布、さらに文献史料の記述とあわせて検証すると、三輪山祭祀の画期は6世紀の継体朝と欽明朝に認められる。大和外の出自である継体とその子の欽明による、当時重視されていた三輪山祭祀への強い意識は興味深い、と述べられた。また、全国的な円圏文子持勾玉の分布と、文献からみられる継体と関係する土地とが、重なるのではないか、という指摘もなされた。
(2) 「奈良盆地出土の出雲系土器」(橋本裕行)
奈良盆地では近年の発掘調査で古墳時代の遺跡から山陰系の土器が多数発見されている。葛城市の太田遺跡や天理市の乙木・佐保庄遺跡からは、鼓形器台を中心とした出雲系の土器が数百個体出土した。大量出土の解釈は難しいが、『日本書紀』垂仁記にある出雲國の野見宿禰の記載からも、出雲出身の人々が大和政権成立期の大和地方と深く関わっていたことが窺えると述べられた。
(3) 「ミワの地名と社の分布」(山田浩之)
文献史料からはミワ神やミワ氏の様々な側面が読み取れる。ミワに関わる名称の神社は日本全国に広がっており、特にヤマト地名と三輪神勧請の神社はセットで存在することから、三輪の信仰がヤマト王権と深く結びつき、地域に影響を与えていたことが窺える。さらに、対新羅・対蝦夷の遠征時にはミワ神がまつられ、軍神・守護神としての役割を果たしていたと論じた。
(4) 「大和の神奈備と出雲の神奈備」(内田律雄)
神奈備山の祭祀とは出雲系の神をまつる信仰であったと、文献史料から考察し、その信仰の推移について論じられた。神奈備山の信仰は『出雲国風土記』に初源段階を見出せ、出雲国造による神賀詞秦上と祈年祭に密接に関係し、祈年祭には神奈備山の祭祀が用いられたと示した。そして祈年祭の衰退とともに神奈備山の祭祀は公から姿を消していったという考えを述べられた。
(5) 「銅鐸と加茂三輪氏」(杉山林継)
大場磐雄の著書『考古学上から見た古氏族の研究』を提示し、遺物と氏族を結びつける研究の必要性を示した。大場は銅鐸とカモ氏・ミワ氏を結びつけ、これらの出雲系氏族が青銅器を各地に広め、祭祀を行なったと考えていたと述べた。2007年に発見された長野県柳沢遺跡の銅戈・銅鐸は、青銅器の発見を示唆していた地域からの出土であり、今後は出雲系氏族との関係を考えていく必要があると述べられた。
(6) ミニシンポジウム
各研究報告を元に、いつ三輪山の祭祀が行なわれるようになったのか、大和と山陰との関係、その祭祀の内容や変遷について討論された。また三輪山の祭祀の考古学における具体的内容の提示や土坑祭祀などについて意見が述べられ、三輪山祭祀の復元が今後の課題であると総括が述べられた。
文責: 田中大輔(ポスドク研究員)・加藤元康(ポスドク研究員)・楠惠美子(本学文学部史学科在籍)
このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課






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