教養総合(外国語)-概要と特色
2011年5月11日更新
なぜ言葉を学ぶのか
グリンデルヴァルト(スイス)
言語には、各民族が歴史の中で培ってきた記憶が込められています。外国語を学ぶ人は、その言語を母語とする民族の歴史に関わり、異文化間の「仲介者」になります。また、自分の経験を相対化するとともに、私たちの国の文化や歴史についても、一度立ち止まって、批判的に考えるきっかけを手にします。
自分の常識の枠内にとらわれたままでは、複雑化する国際社会のなかで外国の人々と交流することは難しいでしょう。一方で、「自己相対化」と「批判的考察」は、学問研究や芸術批評の基礎でもあります。これをきちんと身につけることができれば、様々な文化的活動への道もひらけてくるはずです。
私たち自身の精神的・物質的な豊かさを追い求めることが、そのまま国際的な貢献につながるケースも少なくはありません。しかし、自分だけの豊かさにこだわれば、結果的に孤立し、生きにくさを感じるようになります。日本社会の中に限ってみても、開かれた人間関係は成り立ちにくくなっているように感じます。他の国の人々との間に風通しの良い関係を作っていくことが、もっと大変なのは言うまでもありません。
こうした状況下で、外国語教育が果たすべき役割は、以前にも増して大きくなっていると思います。自己を相対化し、自分自身を外部へと開き、様々な人々と本当の意味でのコミュニケーションを成り立たせる第一歩が、外国語の学習にあると私たちは考えます。
私たちが目ざすもの
デトヴァングの教会(ドイツ)
本学のほとんどの学部・学科では、必修科目として英語を学ぶほかに、選択科目としてドイツ語、フランス語、中国語、コリア語など、数多くの言語が学べます。入学後に、これらの選択外国語とはじめて出会った学生諸君にとって、それが大きな刺激になっていることは間違いありません。学び始めた当初は、覚えることの多さに面食らうことも少なくないようですが、ドイツ語、フランス語、中国語、コリア語を自分のものにした時、中学校以来学んできた英語や、母語である日本語が、とても新鮮に感じられるようになります。そして、知的好奇心が一気に花開くことも珍しくありません。外国語を学ぶことは、多様なものの見方を手に入れることでもあるからです。
グローバリゼーションが進行する中、多文化の共生が求められています。英語によるコミュニケーション能力はますます重要視されるでしょうが、一方で、多くの民族の独自性を尊重し、多様な価値観を認めることが必要です。ドイツ語、フランス語、中国語、コリア語は、コミュニケーションツールとしてだけではなく、ヨーロッパや東アジアの文化や社会を理解するためのツールでもあります。私たちは、異質なものを受け入れながら、アイデンティティを確立していかねばなりません。
本学の学生には、世界における日本のありかたをしっかりと確認した上で、日本文化を海外に発信することが求められます。また、将来何らかの形で、必ず海外の人々と関わる機会が訪れるでしょう。外国語科目を積極的に活用していただきたいと思います。
さらに周辺へ
ステンドグラス シャルトル(フランス)
本学の外国語科目(英語、ドイツ語、フランス語、中国語、コリア語)は、教養総合(外国語)と外国語文化学科の専任教員が協力して、総員22名のスタッフで運営されています。また、3・4年次生を対象に、ロシア語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語を開講しています(哲学科によってギリシャ語、ラテン語、サンスクリット語も開講されています)。
教養総合(外国語)は、外国語文化学科と合同で年に一度『Walpurgis』(ワルプルギス)と呼ばれる紀要(研究誌)を発行します。ちょうど、ドイツ・ハルツ山脈の最高峰ブロッケン山に集う魔女たちのように、外国語教員の知性がここに集まり、宴を繰り広げています。 『Walpurgis』をご覧になれば、外国語の教員が何に興味を持ち、何を研究しているか、その一部がおわかりになるでしょう。なお、伝説の「ワルプルギスの夜祭り」は5月1日の前夜ですが、本誌は2月か3月に発行されます。
このページに対するお問い合せ先: 文学部資料室






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